139号(2000・12・10)
日ロフォーラム'2000・第2回合同会議開く
「日ロフォーラム'2000・第2回合同会議が2000年11月14、15の両日、東京・千代田区の憲政記念館で盛大に開かれた。ロシア側からは「ロシア21世紀委員会」ユーリー・ルシコフ議長(モスクワ市長)を団長にゲオルギー・ボース下院副議長、ヴイクトル・サドヴニチイモスクワ大学総長など研究者、実業家、団体役員など各界から62名が来日した。日本側は「日ロ友好フォーラム21」櫻内義雄会長、三塚博副会長、松前達郎副会長、安西邦夫副会長など、同フォーラム役員の他、会員、一般参加者など計230人が参加して民間の日ロ交流会議としては画期的な成果をあげることができた。第1回の1999年6月「モスクワ合同会議」に次ぐもので、参加者はモスクワ会議を上回り、日ロ関係改善への両国の市民レベルでの熱意があらわれた合同会議となった。
第1日目の14日は、開会式が行われた。まず、日本側からは櫻内義雄「日ロ友好フォーラム21」会長が「わが国とロシアとの関係で、我が国の一番大きな要望は、領土問題を解決し、平和条約を締結することであり、それが両国の関係を打開する上で非常に重要であると主張してまいりました。最近行われている首脳会談でも、この領土問題あるいは21世紀の両国の関係をいかに打開して行くかについて積極的な論議が行われている。この合同会議に際して、両国の関係をより深め促進する上で、日本側の我々は平和条約のの締結を求めています。幸いなことに首脳会談あるいは外相会議などで相当突っ込んだ話し合いがなされていることを力強く感じている」とあいさつした。
これに対しルシコフ「ロシア21世紀委員会」議長が「モスクワ・フォーラム開催の1年後で日ロ関係は安全で前進的関係を得るに至った。唯一難しい問題が国境画定のもんだいです。しかし、この問題も冷静でバランスのとれた建設的な交渉に向かうことが出来た。両国に受諾可能な解決を模索するのが目的です。重要なのは急がないこと、過度の期待を持たないことだ。過度の期待の後には大きな失望がくることが少なくない。もちろん、私たちは小渕前首相とエリツィン前大統領の平和条約締結に向けて全力を尽くすという合意を忘れているわけではない」。と領土問題の困難性を述べ、「私たちが望んでいるのは善隣友好の関係を打ち立てるだけでなく、さらに日ロ両国がお互いに第一義的なパートナーとなることだ。それは政治、経済、文化交流、地域交流などすべての分野で言えることだ」と多角的な交流を訴えた。
この後、森喜朗内閣総理大臣、プーチン大統領などからのメッセージが披露され、全体会議の議長には、日本側から三塚博・日ロ友好フォーラム21副会長(衆議院議員・日ロ友好議員連盟会長)、ロシア側からはウラドレン.A.マルチノフ・ロシア21世紀委員会常任委員が選任されそれぞれ就任のあいさつのあと議事に入った。
基調報告は、政治、経済・環境、文化・地域交流の3分野に分かれ日ロ両国の代表がそれぞれ行った。
「政治分野」ではまずロシア側のゲオルギー.V・ボース下院副議長が日ロの歴史的経緯にふれ、そのうえで「政治家であろうと、社会的な活動家であろうと、もしクリル諸島を日本に渡すべきだといえば同胞の支持を得ることは決してない。この問題をロシア国外でだけ討議しているのも偶然のことではない」と厳しい対応をみせた。
一方日本側の、末次一郎・安全保障問題研究会代表は「プーチン大統領を指導者とするロシアの良識が、一日も早く法と正義に基づいて平和条約の締結に踏み切ることを期待する。それによって世界は新生ロシアを高く評価するであろう」と述べた。
「経済・環境分野」では、ロシア側のボリス.E.クラーキン・産業企業家同盟副総裁が「停滞している日ロ経済関係」について報告、日本側は児玉幸治・経済同友会ロシア委員会委員長が「日本経済の現状を踏まえ、将来の日ロの技術分野での交流拡大」を提案した。
「文化・地域交流分野」では、ロシア側はヴィクトル.A.ザドヴニチイ・モスクワ大学総長が、まず対文協会長・東海大学・松前達郎総長が秋の叙勲で勲一等瑞宝章を受けたことを祝い、具体的な文化交流の現状を報告「歴史の見えざる糸は、歴史と政治のあらゆる変動を越えて、両国を永遠に結び付けた」と述べた。日本側は西澤潤一・岩手大学学長・日ロ交流協会会長が北極海、シベリア地域の効果的な科学利用について提案し関心を集めた。
全体会議のあと、第一日目の午後、第二日目15日の午前と合わせて約5時間にわたって、「政治」(座長・佐瀬昌盛・拓殖大学海外事情研究所教授、チタレンコ・ロシア科学アカデミー極東研究所所長、ボース下院副議長)「経済・環境」(座長・吉田進・経団連日ロ経済委員会極東部会長、クラーキン・ロシア産業企業家同盟副総裁)「文化・地域交流」(座長・松崎勝一・日ロ法律家協会専務理事、サドヴニチイ・モスクワ大学総長、イスケンドロフ・ロシア21世紀委員会常任委員)の3分科会が開かれた。いずれの分科会でも日ロ交流について積極的な討論が行われて、大きな成果が挙がった。
15日午後2時30分からは、各分科会の報告がそれぞれの座長から行われ、総括が行われた。
この間同時平行して「共同声明」について、日ロ双方の起草委員会が開かれ協議が行われた。同委員会では、日本側が北方四島の名称をあげ、双方が討議したことを記載することを主張、一方ロシア側は、四島の問題だけではなく幅広い討議が行われたことをあげ、島の名称を共同声明に盛り込むことに強く反対した。約3時間の討議のあと、本年9月5日付けの「森・プーチン声明」を引用して決着をみるなど、北方領土問題解決の微妙さを浮き上がらせた。
2日間の会議の間を縫ってルシコフ・ロシア21世紀委員会議長らロシア側幹部は、安西邦夫・経団連日ロ経済委員会委員長ら経団連幹部、井上裕・参議院議長、石原慎太郎・東京都知事、福田康夫・内閣官房長官、保田博・国際協力銀行総裁など、政財界首脳を表敬訪問し交流を深めた。
レセプションは13日に櫻内義雄日ロ友好フォーラム21会長主催の歓迎会、14日は河野洋平外相主催歓迎レセプションがいずれもホテル・ニューオータニで開かれ、最終日の15日よる、駐日ロシア大使館でパノフ駐日大使主催のパーテーがひらかれ全日程を終えた。一行は16、17の両日に分かれて全員が離日した。
[対文協だより]
*第31回対文協研究会開く
今秋、小田健・日本経済新聞論説委員を団長とする「ロシアCIS視察団」(対文協主管)は、日露ジャーナリスト会議を行ったほか、モスクワをはじめアゼルバイジャンを訪問したが、その報告を兼た研究会が12月6日午後1時30分から、霞が関ビル・東海大学校友会館に約50名が出席して開かれた。
当日は小田団長のほか下斗米伸夫・朝日新聞客員論説委員(法政大学教授)、平野裕・対文協常務理事(評論家・元毎日新聞主筆)の3氏による報告の後、鼎談方式により「プーチンのロシア」をテーマに、石油戦略に賭けるアゼルバイジャンの現状などについて語り、出席者との質疑にも熱が入り、視察団の成果を開陳した。
*バルトの古都で「片山醇之助展」開く
今秋、バルト三国ラトビアの首都リガで展開された日本文化週間に合わせ、対文協ではラトビア大学と共催で「片山醇之助展」(後援・在ラトビア日本大使館、協力・東海大学)を9月18日から1ヵ月間同大学図書館で開催、大学関係者をはじめ一般市民の関心を集めた。
本年3月、86歳で世を去った片山さんにとってリガは外務省の語学研修生として最初に派遣された思い出の任地で、外務省を退職後は余生をロシア語の古典図書を復刻出版する「文献社」を設立、多くの貴重な復刻本を遺された。対文協の「オーラルヒストリー調査会」は片山さんから生前聞き取り調査をしており、これらの復刻本を故人の遺志にそって、その価値を知る学者や研究機関に贈ることに取り組んできたもので、彼を紹介する初の海外展である。同展は片山さんが遺された復刻本全冊と合わせ、若き外交官時代の思い出を綴った写真約50点を展示している。
初日の開会式には同大学学長、同図書館長はじめ関係者30名のほかヨーロッパ在住の長女みちさんと三女みねさんら親族も出席、テープカットに先立って片山さんが復刻した希観本全セットの贈呈式が行われた。この後、展覧会の成功と片山さんの遺徳を偲んで全員で乾杯を行った。なお対文協からは平野裕常務理事と長島七穂事務局員が出席した。
*片山氏が出版した露語復刻本は13種、全30冊で、書名など詳細についての問い合せは対文協事務局まで(担当・長島)
ロシアCIS視察「対文協ジャーナリスト代表団」報告・その3
「ラトビアの古都リーガを訪ねて」
日本対外文化協会常務理事 平野 裕
[ロシアの新聞・雑誌から]
◇地方に中央権力を回復するプーチン -「法の独裁」を確立できるか (コムソモリスカヤ・プラウダ)
◇ロシアの大企業家、国との対話を求めて -産業・企業家同盟に加入 (イズベスチヤ)